わたりーわーるど

旅行記、考え方、楽曲、統合失調症との闘い

泣ける歌やなぁ。おばぁちゃんへの誕生日プレゼントにおくった歌。「オレンジ」

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「あかん、あんたこれ泣けるわぁ。。。ちょっとティッシュとってぇなぁ。。。」

2014年7月13日。

大阪市鶴見区の音楽のコンテストで僕はギター弾き語りをした。

歌ったのは僕のおばぁちゃんのために作った歌。

結果はお客さん投票で1位に選ばれて優勝

大阪市鶴見区の音楽大使に任命された。

1日遅れてはいるものの、

7月12日が誕生日のおばぁちゃんにあげた最後の誕生日プレゼントだった。

今は亡き、おばぁちゃん。

聴いてくれる人が泣いてくれることが多いこのオリジナルソング。

おばぁちゃんのことを思い出してくれると嬉しいです。

「オレンジ」に込めた想いと創るにいたった経緯をお話しします。

 

おばぁちゃんの家に住んでいた

18歳の高校卒業をしてから大阪のおばぁちゃんの家に住んでいた。

おばぁちゃんとおじいちゃんの3人暮らし。

中々ない。変わった家庭だと思う。

 

「だから違うって言ってるやろっ!!」

 

朝はいつもばぁちゃんの怒声で目が覚めた。

洗濯機にいつまでたっても柔軟剤をいれないじいちゃん。

じいちゃんとばぁちゃんはいつも大声で喧嘩をしていた。

そんな日常だった。

 

海外から帰国後も3人で暮らす

帰国後は就職活動。

就職するも続かない。

アルバイトも中々続かない。

入ってはすぐにやめる自分を責め続けてどんどん自分が嫌いになっていった。

次はあのバイトをやってみよう。

このバイトをやってみよう。

辞めながらもいろいろなバイトに手をだして、15回ほど辞めてきた。

 

(俺は何も出来ない。。。)

 

人の目を異常に気にして、自分に完全に自信をなくした。

 

歌とギターの2つはずっと続いていた

仕事は続かないことが多かったが、

音楽だけは高校の時から続いていた。

カフェやバーで歌を歌い、

お客さんに喜んでもらえることが必要とされていると思えたから。

外に出たくない日、

誰とも関わりたくない日、

それでも喜んでもらえる嬉しさから無理をしてでも歌い続けた時があった。

辛いときに助けてくれたのはいつも音楽だった。

 

ばぁちゃんの優しさ

音楽活動を続けていて、

なぜ歌うのか?という疑問が消えずに音楽も辛くなったときもあった。

受けているギターレッスンの課題もこなせず、悩んで立ち止まる時期があった。

 

「あんたは自分のことをしなさい。」

 

いつも心配してくれた。

 

「洗濯と料理と掃除はあたしがやるからあんたはギターを弾いてなさい。」

 

「やりたいんだけど。」

 

「ぼけ防止と運動のためにあたしがやるって言ってるねん。」

 

「でも。。。」

 

「いいから勉強しっ!!」

 

(24歳にもなって家事が何も出来ない。。。)

 

その優しさには感謝すると同時に、

 

(やってもらってるのに僕は結果を残せていない。)

 

自分を責める要因にもなっていた。

 

ギターの練習も手につかなくなってくる

 

(練習しなきゃ。練習して早く成功しなきゃ。)

 

優しさに応えようと、必死になるも空回りをしていたと思う。

 

(進んでない。進んでない。こんなんじゃダメだ。)

 

そんなことをずっと考えていると、ギターすら触らない日があった。

 

「もうちょっと練習の宿題を少なくしてくれませんかね?」

 

そんな様子を見かねたばぁちゃんが僕の先生に直接教室に伝えにいったことがある。

課題は適切な量を出してもらっているのだが、当時の僕は焦って追いつかなくなっていた。

 

「あんたが笑顔でいてくれたらそれでいい。」

 

自分のことよりも僕のことを優先するおばぁちゃんだった。

 

書いてくれたメッセージ

思うように進まない中、僕を勇気づけるためにメッセージを書いてくれた。

亡くなる直前はたまに僕のことも分からなくなっていたおばぁちゃん。

遺言だと思い、毎日自信をもらっている。

渡琢矢のブログ ばぁちゃんからのメッセージの写真

 

大阪市鶴見区制40周年音楽祭に音源を応募した

 

「あんたこんなん届いてんで。」

 

大阪市鶴見区の広報に鶴見区制40周年記念音楽祭出演者募集と書いてあった。

内容はお客さん投票で優勝者を決めるコンテスト。

 

「勝てないし、まず最初の音源審査で落ちるって。」

 

自信がなかった僕

 

「落ちても減るもんじゃないし、出してみなさい。」

 

ユーチューブにあげていた曲を送った。

 

「わぁ~。あんた良かったなぁ。」

 

審査が通り、出場できることとなった。

 

ばぁちゃんの誕生日の次の日がコンテスト

開催日は2014年の7月13日。

会場は僕が成人式をあげた鶴見区民ホール。

今まで経験したことないほどの大舞台。

ちょうど7月12日がおばぁちゃんの誕生日だったので、1日は遅れるものの感謝の気持ちを歌に込めておくろうとおもった。

僕ができることは歌とギターなので

楽曲の制作に入り、出来た曲が「オレンジ」だった。

 

コンテスト当日の舞台袖で

 

「どれくらいの人が見に来るんやろうな?がらがらやったりして。。。」

 

「あはは。あたしらは行くから、頑張ってきぃや。」

 

家を出る前にそんな会話をした。

音楽のコンテストだけでなく色々な出演者がいたので会場の800席は満席となって立ち見の人もいた。

僕は、舞台袖にいた。

前日にイメージトレーニングを何度もしていたので緊張はあまりしなかった。

ステージの真ん中に用意されたイスとマイク。

座ると、会場全体を見回した。

薄暗い客席のど真ん中に僕の家族全員が座っていた。

 

(うわ。めっちゃビデオ構えてる。笑)

 

機械が苦手な家族が微動だにせずに必死にビデオを構えているのを見つけ、緊張がさらにほぐれた。

僕についての紹介のアナウンスが終わる。

深く呼吸をし、

おばぁちゃんのため、来てくれた人のために自己紹介から始めた。

 

最初に歌ったのはカバーソングのなごり雪

 

「どうもはじめまして、渡 琢矢と言います。今日はカバーソング1曲とオリジナルソング1曲を歌わさせて頂きます。まず最初になごり雪を歌わさせて頂きます。」

1曲目は「なごり雪」

アイスランドで外国人の仲間の前で歌った歌。

僕が劇的に変わり始めた時の思い出の歌だったから絶対に歌いたかった。

その時の話はこちらから↓↓

音楽に国境はない。英語が話せなくても歌えば仲良くなれる

♪~

♪~

♪~

たくさんの拍手を頂いて、「オレンジ」の解説に入った

 

オリジナルソング オレンジの解説

 

「ありがとうございます。

続きまして、オリジナルソングのオレンジという歌を歌わさせて頂きます。

これは僕のおばぁちゃんのために向けて作った感謝の歌でもありますし、

おばぁちゃんが僕に言ってくれた心の支えになるような言葉を歌詞にして、、、

あの~。。。歌にしてみました。

なぜオレンジというタイトルかと言うと、

おばぁちゃんがほぼ毎日のように果物のオレンジを食べないかと聞いてきてきてくれるので、それがとても印象的で、オレンジというタイトルでやらさせて頂いております。

それでは最後になりますが、聞いてください。オレンジ。」

 

泣けるおばぁちゃんの歌 オレンジ

ありがたいことに、たくさんのお客さんがこの歌を聴いて感動して泣いてくださっています。

演奏と歌詞を載せていますのでお楽しみください。

 

演奏(音声のみ)

 

歌詞

オレンジ 作詞作曲 渡 琢矢

ばぁば ほんまにありがとう いつも 僕を想ってくれて いつもご飯を作ってくれて 薄味料理で身体にいいよ ばぁば 何でもするけど 手伝うよ いつでも声をかけてや どんな時も味方で いてくれてありがとう

強く生きなさいと 自分に負けるなと 過去は変わらない 前を向いていきなさい 焦らないで 自分自身を責めないで 人の言うことは 気にしなくていい

僕は泣いてた 真夜中に ばぁばが死んだらどうしようと 大丈夫あたしは死なん あんたのために生きてるんや そんなことを考えるより ギターを弾いて聴かせて欲しい 神社で祈って来たんやで あんたが歌で食えるように

強く生きなさいと 自分に負けるなと 過去は変わらない 前を向いていきなさい 焦らないで 自分自身を責めないで 人の言うことは 気にしなくていい

間奏

いつものオレンジ食べるか 今日のはほんまに甘いで

 

お客さん投票の結果

大勢のお客さんの前で歌えて本当に気持ちよかった。

演奏終了後は結果発表までしばらく来てくれた友達と話していた。

時間になると出演者全員がステージにあがり、僕の名前が呼ばれて1位になれた。

大阪市鶴見区の音楽大使に任命されてインタビューを受けた。

おばぁちゃんを笑顔にすることが出来た。

結果発表までは結構時間があったので、家族は母以外先に帰っていた。

 

「うわぁ~。あんた凄かったなぁ!!自分に自信をもっと持ちや!!」

 

帰宅しておばぁちゃんに表彰状を見せるととても喜んでくれた。

いつも心配させていた僕が、僕に出来ることで笑顔にさせることが出来た。

 

「堂々と歌ってなぁ~。安心したわ~。」

 

紅白で「オレンジ」を歌ってる僕を見てもらうのが夢だったけど、

この後からは徐々に体調が悪くなっていき、

おばぁちゃんが生で僕のステージを見たのは、この日が最初で最後だった。

最高のプレゼントが出来た。

 

天国まで、届くように歌ってる

 

「あんた。何も心配してないで。見守ってるからな。」

 

病院で絞りだして言ってくれた最後の言葉。

遠くで

きっと聴いてくれている。

遠くで

きっと見てくれている。

天国にいるおばぁちゃんに向けて。

 

。。。

 

だから僕は歌ってる。

今日もどこかで歌ってる。

わたりーわーるど